29 女性 辛くても大丈夫、乗り越えれば必ず自分に返ってくるから

こんにちは。現在、事務職をしている者です。
私は、中学生の頃不登校を経験しました。
中学に入学当初、私は期待で胸いっぱいでした。小学校からの友達や新しい友達、部活や文化祭や運動会など
楽しみなことがこれからたくさんあると思っていました。
 小学校からの友人と部活を一緒にやろうと言われて私は軟式テニス部に入部しました。初めての本格的な部活はとても楽しく充実感に溢れていました。朝練をしたり、遅くまで練習をしたり私の中学校生活は順調と思っていました。しかしそんなある日、私の母親が姑との関係でうつ病になり、アルコールに溺れた生活になっていきました。私は、酔いつぶれた母が怖く次第に機嫌を取るためにお酒を買いに行ったりし、学校を休みがちになりました。
 父も居ましたが仕事が忙しく、兄は見て見ぬふりをしていました。父が起きてくる頃私は隠れて学校に行ったふりをし、お酒を買いに行き昼寝をしたり出かける生活を送っていた為、部活も4か月程で退部し、授業についていけなくなり、学校に行くのも億劫になっていきました。母に逆らうと殴られたり、賞味期限切れの物を食べさせられたりしたので、母に好かれようと必死でした。もちろん、修学旅行や文化祭も参加することが出来ませんでした。
 そんな生活を送っていると、気が付いたら高校受験の時期になっていました。ほぼ学校に行っていないのでもちをん出席に数が足りず、こんな私を受け入れてくれる高校はありませんでした。入試は全敗でそんな状況を不思議に思った父が学校に出向きました。「なんでうちの娘は高校に一つも受からないのかと」それを先生と話し合った時に父は私が休みがちだった事を知りました。幸運?なことに私は喘息を患っていたのでそれを理由に休んでいたと言いました。そして父は先生に大激怒、学校に病気で行きたくても行けなかった子を高校に行かせられないのかと。(笑)
 そこで父は知り合いに頼み込み、出席日数が全くない私を裏口入学を使って普通高校に入れてくれました。
私はまともな学校生活を送ることが出来なかったので、どうしても定時制の高校ではなくて普通高校に入学したかったのです。そんな願いを父は叶えてくれたので、私は恩返しをしようと心に誓いました。
 その後、私が入学した高校はヤンキーばかりいる高校でしたが、私はその3年間、生徒会副会長を2年、バドミントン部のキャプテンをし、学力がない代わりに他で努力をしました。もちろん出席率は100%でした。頭が悪い高校でも、その中で上にいたら頭がいい高校の下と同じだと考えた私は自分なりに努力をし、見事、就職率100%の有名女子大に合格することが出来ました。
 母親の症状も安定し、今では家族円満です。ふと、過去を思い出すことがありますが、今ではいい思い出です。