14歳女 信じられる人を見つける。その人に恩返しをしたい。

私が不登校になったのは、中学2年生の3ヶ月間。「なんだそれ、たった3ヶ月なんて甘えてただけでしょ」と思われる方も居るかもしれませんが、当時の私にとっては1年にも2年にも思える長い長い3ヶ月間でした。不登校のきっかけは、妹との確執にありました。小学生の頃から同じチームでバレーボールを始めた私たち。どちらかというと妹は体育会系。私は文化系。よって、妹のスキルはめきめきと上達し、始めて半年ほどで私たちの間には埋まらない壁が出来ていました。レギュラーを取り、監督やチームメイト、また他の生徒の保護者からちやほやされる妹を見て、この上なく悔しく思ったことを覚えています。そこでなにくそと思い私も頑張ることが出来れば良かったのでしょうが、なにぶんまだ未熟な中学生。母親が妹ばかりを褒めるのも辛くて、家庭の中でも居場所を失っていきました。土日は遠征。平日は寝る直前まで練習。地元でも有名な強いチームだったため、妹のような娘を持った母は鼻が高かったように思います。結局1年経ったころ私はそのチームを辞めてしまいました。そして、そこから私の不登校が始まりました。学校に行けば、やめたチームメイトと会うことになる。母親には「何でそんなに迷惑をかけるのか説明しろ!」と言われました。誰も私の気持ちには気づいてくれない。寄り添ってくれない。今思えば滑稽ですが、「もう死にたい」と言って家の二階の窓から飛び降りようとしたこともあります。学校を休んで3ヶ月がたった頃、連絡をくれたのはバレーボールの顧問だったT先生。T先生は女性の先生で、自身の娘もバレーボールの有名選手でした。「気持ちを全部吐き出してごらん。話しきるまで全部聞いてあげるから。」いつもコートの中で怒っていた姿とはまるで別人で、ずっと背中をさすりながら、私の涙をハンカチで拭いながら夜更けまでずっと聞いてくれました。「妹と自分を比べるなと言われても難しいよね。比べても良いです。負けたんだって認めて大丈夫。だけど、それはバレーボールでのお話でしょう?誰かの期待に応えようとしなくて良いんだよ。勝ちたいなんて思わなくて良いんだよね。自分が楽しくできるものの仲で本当にしたいことを見つければ良いんだよ。」こんな趣旨の言葉を頂いたとき、頭の中で何かが弾けた気がしました。わざわざ妹と自分を比べていたのは、私。そこから逃げられず苦しむくらいなら、ちょっと横道それればいいじゃない。そんなふうに思うようになりました。何より、そんなふうに話を聞いてくれたT先生への恩返しがしたいと思い、一念発起で猛勉強。後に成績も上がり、希望校に進学しました。あの3ヶ月が私の人生の始まりだと言っても過言ではありません。もしあそこで自分が心を開かず、T先生に思いの丈を話すことが出来なければ、多分私はずっと拗ねていたままだと思います。素直になれる人を見つけて、その人を信じてみる。それが何よりの心の支えになると感じています。