26歳女 保険室登校の後、転校。未だに忘れられない一言

私は現在26歳、派遣社員として働いています。私が不登校になったのは、今から12年前、14歳の中学二年生の頃でした。きっかけは中学一年生から、二年生に上がるときに行われた、クラス替えです。一年生の頃仲の良かった子たちと別々のクラスになってしまい、教室の中で孤立してしまったのです。特に苦痛だったのが、給食の時間です。私のクラスは、給食の時間自由に机を並べて好きな人同士で食べて良かったのですが、友達がいなかった私は、いつも一人で食べていました。また、体育などでペア組などをするときは、いつも私だけ残ってしまう状態が、続いていたのです。「このままではいけない」「早く新しい友達を作らないといけない」と思い、クラスメイトの女子たちのグループに混ぜてもらい、一緒に机を並べお昼を食べたりすることもありました。しかし、そのグループの子の一人が「何でここにいるの?」と聞いてきたため、私はそれ以降どこのグループの子たちにも声をかけることができなくなってしましました。
ある日、私は勇気を出して親に「学校に行きたくない」と言いました。親は私の意見を否定はせず、ただなぜ学校に行きたくないのかを聞いてきました。私はとてもみじめな気持ちになりました。別にいじめられているわけでも、無視をされているわけでもありません。ただ、学校に行って「おはよう」と言ったり、一緒にご飯を食べたりする友達がいなかっただけでした。私は「とにかく行きたくない」を繰り返し、親は、ありがたいことに私の意見を受け入れてくれました。そこから、私は約1か月ほど引きこもりました。家から一歩も出ず、当時パソコンも携帯もなかったため、一日中テレビを観るか、寝ているかの生活を送っていました。
そんなある日、玄関のチャイムが鳴り、誰が来たのかとドアの小窓を覗いてみると、一度給食を一緒に食べたグループの子が立っていました。私はその瞬間、わざわざ家まで私を心配して来てくれたのかもしれない、今ならまたクラスに馴染めるチャンスかもしれない、という喜びと、教室内で散々感じた孤独感と「何でここにいるの?」という言葉の恐怖が、同時に襲ってきました。私は物音を立てないようにゆっくり玄関から離れ、そしてそこから動けませんでした。しばらく時間が経ち、その子達が帰った後、ポストの中に手紙の束が入っていることに気づきました。それは、クラスメイト全員からの手紙でした。みんな戻ってくるのを待っているということ、給食の時は自由席ではなく、決められた席で食べるようになったこと…私は、泣きながら手紙を1枚1枚、何度も何度も読みました。次の日、私は1か月ぶりに外に出て、学校に行きました。久しぶりに外に出た時は、恐怖で足がすくみ、同じ制服の人が遠めに見えるたびに隠れていたのを、今でも覚えています。しかしその後も強い恐怖心から、どうしても教室に入ることができず、約1年ほど保健室登校を続けた後、結局転校してしまいました。
今思うと、私は友達づくりのきっかけがうまくいかなかっただけで、周りのクラスメイト達が私をないがしろにしていたわけではなかったように思います。しかし、当時の私にとっては教室が世界のすべてで、その中で空気のように存在し続けることは大変に苦痛で、「何でここにいるの」という一言が、私のすべてを否定されたように感じてしまったのです。その一言が、大人になった今でも忘れられません。