35歳女、不登校者だったことを知らない学校へ行き不登校から抜けせ

小学四年くらいから登校拒否となり、小学生の間は何とか月に何度かは学校へと行く事が出来ていたのですが、中学生になるとクラス数も増えて、私が行かなくてもいいかなというような気持ちになり、学校へは行かなくなりました。中学三年間のうち、学校へ行ったのは数えるほどです。行かなくてはならないと思っていても、学校へ行くとみんなが不登校の奴が来たとソワソワしているのが分かります。
そのため、教室には行かずにそのまま帰ったことも何度もありました。行ったらみんなに見られてしまうということが恐怖となり、みんなが腫れ物に触るような感じで接してくるのが嫌で、私は学校へ近づくことさえも出来なくなったのです。
学校へ行かなくなったのは自分の判断ですし、みんながおそるおそる接していることも仕方のないことだと分かっていたのですが、これじゃ私は普通の学園生活が送れないと、ますます行けなくなりました。そんなことを繰り返すなかで、同じように不登校の生徒と交流が出来るようにと、民生委員のような人が外に連れ出してくれました。そのことは喜ぶべきなのでしょうが、私は不登校だというレッテルを貼られてしまった気持ちになりました。中学の卒業を目前にしたとき、こんな不登校者は仕事して外に出るしかない、学校になんて行く事が出来ないと思っていたのですが、先生が高校を進めてくれました。ろくに学校に通ってなかったから無理なのではないかと答えたのですが、先生は高校で友達を作りなさいと背中を押してくれたのです。私が学校へ来たいという気持ちを僅かでも抱いていることを先生が理解してくれていました。しかし、みんなに不登校扱いされることを嫌うことも。みんなに登校しても普通に接してあげてと話してくれたこともあるようですが、中学生が器用に不登校者とクラスメイトと同じ態度をすることは出来ず、私は中学を諦めていたのです。
そのことを知っていたのか、高校で不登校から抜け出してみてはと進めてくれたのです。そのため、同じ中学出身がいない学校に進み、片道一時間以上かけて通いました。結果、高校で友達も出来、高校も卒業できたのです。高校二年の時に担任だった先生から連絡が来ました。そのことを話すと「転校でもなんでもすすめていたらよかったね。ごめんね」と泣かれてしまいました。しかし、私をあのまま中卒で終わらせずに高校をすすめてくれたことは感謝してもしきれません。