30歳女 大切な人との出会い 生きているだけで価値がある

はじめまして。30歳女性です。会社員をしています。
私は高校1~2年生の頃に不登校だった時期があります。
それぞれ月に1~2週間程度で、2年間ずっと不登校だったというわけではありません。なので、自分では不登校だったという認識はありませんでしたが、最近出会った友人に、このようにちょくちょく学校に行っていなかったことを話すと「不登校だったんだね」と言われ、初めて自分が不登校だったということに気づきました。

学校に行かなかった理由は、単純に意欲がわかなかったからです。勉強する意欲もなく、部活をする意欲もなく、友達に会う意欲もなく…とにかく意欲に欠けていました。おそらく学校という場所に求めているものがなかったんだと思います。休んでいない日も基本的には遅刻し、午後から登校するなど大幅に遅刻していました。体育祭や文化祭などイベントごとは特に気持ちが乗らず、いつも途中でさぼって帰ってしまっていました。
学校には行かないのになぜかアルバイトには行っていましたね。アルバイトをしていた理由は遊ぶお金が欲しかったからです。アルバイトは目的が明確だったので意欲が沸き、行くことができていたんだと思います。ファーストフード店で高校3年間、週に3日ほど働き、出勤時間は厳守して遅刻をしたことはありませんでしたし、決められたシフトは必ず守りました。

学校に行かないことに自分自身として問題意識はありませんでした。両親も学校に行かないことについて特に何かを言って来ることもなかったです。なので、「毎日通学するために頑張らなくちゃ」とか、「このままじゃだめだ」という考えは一切なかったです。ただ、なぜか毎日死にたい気持ちが強く、苦しかったので、それはなんとかできたらな…と思っていました。

高校2年生のクラス替えで、初めて気の合う友達Aさんに出会いました。Aさんに野球部のチアリーダーに誘われ、やってみることにしました。夏の大会に向けての練習がはじまり、相変わらず遅刻ばかりでしたが、徐々に学校に登校する日数は増えました。
6月のある日、急な40℃近い高熱に見舞われ早退しました。病院を複数まわったのですが原因不明で、各病院でいろいろな薬を処方され、薬疹に陥りました。その後、薬疹だと気づいていなかった医師に誤診され、C型肝炎だと診断を受けました。運動や食事に制限がかかることや、学校も特別支援学校に転校しないといけないかもしれないとか、完治させる薬がない病気だと説明を受けました。
「なんでわたしがこんな目にあうんだろう?」と自分の運命を毎日呪いました。学校を休んでいる間、Aさんは毎日メールで連絡をくれました。学校を休んで2週間ほどたったある夜、Aさんから電話がかかってきて、わたしは自宅マンションの9階のベランダで話をしていました。今の自分の状況を改めて言葉にして説明することは心身共に疲弊した自分にとって耐え難いものでした。「こんな暗い話をしたらダメだ」と思って声だけは明るくつとめていたのですが、本当に苦しくて、思わず「わたし、いっそのこと今ここから飛び降りてしまいたい」と言ってしまったんです。そしたら急に電話が切れました。「変なこと言って嫌われちゃったかな…?」と心配していたら、5分ほどしてAさんから再度電話がかかってきて出ると、Aさんは電話越しに大泣きしていました。そして泣きながら、「さっきは急に電話を切ってごめん。泣いて話せそうになかったから切っちゃった。なんでBちゃん(わたし)がこんな目にあうんだろうって思うとどうしようもなくて。」と、Aさんはしばらく電話越しに泣いていました。わたしは自分のために泣いてくれた人に人生で初めて出会いました。

Aさんとの出来事があってから、これまでに毎日苦しめられていた死にたい気持ちが小さくなりました。そして、毎日ではないけれど、ほとんど休まず登校するようになりました。

あの時、Aさんの電話がなかったら、きっとわたしは飛び降りていました。
Aさんの涙はわたしに「生きているだけで価値がある」ということに気づかせてくれました。Aさんに救ってもらった命で、わたしも誰かを救いたいと思っています。

学校に行っているとか行っていないとかそんなことどうでもいいんです。生きているだけであなたには価値があるんです。