37歳女 区切りのよいときに学校を変えて心機一転!不登校を解消

私が不登校になったのは小学校5年生になってからです。私は小学校5年生のときに、父親の仕事の都合で、他の小学校へと転校したのでした。

初めは楽しく学校に行ってました。友達もできて、嬉しく思っていました。しかし、仲の良いと思っていた友達が、他の友達とやりとりしていた交換日記で私の文句を書いているのが分かり、それを知ったことがきっかけで登校を渋るようになりました。交換日記には「死ね」など、えげつない言葉で私への文句が書いてあり、私は大きなショックを受けました。

母親は何度も心配して学校へと掛け合ったようですが、当時の担任の先生があまり相手にしなかったようで、話しても何も解決しないばかりか、話をもみ消していたようです。私は後にこの学校を去ることになるのですが、去るときに校長先生にその話が通っていなかったことが判明し、担任の先生が私について大きな問題にさせたくないと思っている意図が分かりました。そんなこんなで、私は学校側から特にこれといった対処もなく、ずっと1年間欠席のまま過ごしていました。

小学校6年生になる直前、母親から「別の学校に行くよ」と言われました。母親は私を心配し、教育委員会にかけあって、同じ市内にある別の小学校へと転校させてくれました。その小学校にはスイミングクラブで仲の良い友達が通っている小学校でした。(不登校でしたが、習い事はしっかりと行っていました)そんな私をみて、ここの学校ならと、最後の望みをかけて転校させてくれたようです。また、特別な事情がある生徒は、学区外の小学校でも転校できるようで、私は「その特別な事情」という理由で、転校することができたのもラッキーでした。

そして、ここで私は奇跡的な出会いを果たします。特別支援学級の先生です。特別支援学級というと、障害のある生徒が通うクラスというイメージがありますが、その教室は違いました。障害の有無に関わらず、問題を抱えている生徒を受け入れてくれる、そんなクラスでした。

私は普通学級に在籍しながらも、その特別支援学級の先生に気にかけられ、いろんなことを学ばせてもらいました。そして、新しい学校という切り替えが良かったのか、私も精神的に苦しい思いをすることなく、すんなりと新しい学校に馴染むことができ、友達もできました。

特別支援学級の先生とはいまだにお付き合いがあります。結婚式にも来てくれました。特別支援学級のその先生は私の心の傷を癒し、人と繋がることの喜びを教えてくれました。本当にありがたいことです。