23歳女 環境を変えられて不登校から回復 環境が変わると心も変わる

広瀬みのりと申します。
今現在は、成人をして社会人です。

私は、小学4年生から6年生の冬まで不登校でした。
私が不登校から回復するために何かを行動したことは、ほとんどありません。
むしろ、家族や祖父母、友人など周りの人が私を不登校から回復させる為に動いてくれました。
心療内科に通院させてもらったり、支援をしてくれる所に通わせてもらったりと家族にはたくさん甘えました。
周りの友人は私が遅刻して学校に来ても、早退しても何も言わずに遊んでくれたり、すごく気を使ってくれていました。
ですが、私自身はあまり気持ちが動くことも何もなく、学校にほとんど行かず過ごしてしまいました。
私が不登校になる時、周りでは所謂ネトゲというものがかなり流行っており、私もプレイしておりました。
強くなるとだんだん楽しくなっていき、学校よりもネトゲになってしまっていました。
なので、正直、何をしてもされても何も思わない、心が動かない自分がいました。

不登校を続けていましたが、小学6年生の秋ごろから、私の母が離婚や私の不登校に我慢の限界が来てしまい、年明けに全員で祖父母の家に引っ越し、私と妹は転校することになりました。
今までは母は仕事、妹は学校という環境だったので、不登校でしたが、引っ越し先は祖父母の家。
学校に行きたくないと思っても、家には祖父母がいる、祖父はかなり厳しい人なので怒鳴られるだけでは済まない。
そうなると学校に行かざるを得ない状態となり、私の2年と少しの不登校は終わりを告げました。
その後は、ネットのない環境にも慣れ、中学と高校は気の合う友人が数人できたので、学校に行くことが苦ではなくなりました。

私が不登校で後悔していることは勉強です。
勉強は本当に今でも後悔しています。
問題集をやればいい、教科書を読めばいい、今からでも大丈夫だろう、そう思うかもしれないですが分からない箇所を聞ける、分かるまで教えてもらえるというのは本当にありがたい事だと気づいた時には遅かったです。
今の私は分数の計算がほとんど出来ないです。
中学校で習う方程式というのも、小学校での基礎があるからできることなのだろうと思いながら、ほとんど解けません。
なので、中学校の数学のテストは3年間30点以下が当たり前でした。
みんな分かっていて当たり前の中、分数の計算どうやるんですか?なんて聞きに行く勇気もなく、私は中学校の数学のテストは3年間30点以下でした。
ひどい時は、3点なんてこともありました。
高校の時も、ギリギリで赤点を回避する程度の点数でした。
もしあの時学校に行っていたら、将来の選択肢は増えていたんだろうな、と思うと本当に不登校を選んだ自分に後悔しかありません。

最後に、不登校になった理由は人それぞれだと思いますので、無理して行って辛い思いをしなくてもいいと思います。
ただ、いつか将来の目標ができた時に後悔しないように、遠い未来に先行投資するくらいの気持ちで、辛くならない程度に一歩踏み出してみるのも良いと思います。