27歳男性 高校でやり直すという希望を抱いて乗り越えた二年間

私は現在27歳の男性です。「不登校」ということで、私が不登校になった時期ときっかけを簡潔に説明します。私が不登校になったのは中学二年のときです。中学に上がると、小学生のときに仲の良かった人たちとの関係性が次第に変わります。部活動の優劣や学内カーストのようなものが形成され、今まで仲の良かった友人が別人のようになっていき、付き合い方が変わっていきました。そういった雰囲気を息苦しく感じ、学校に行くことを苦痛に思い、ストレスが原因で一時的な円形脱毛症を発症しました。不登校というと「いじめ」や「いやがらせ」を連想しがちですが、私は中学生流の友達付き合いに付いていけず、学校に行かなくなりました。
はじめは一週間学校を休んで一週間登校し、二週間休んで数回登校し・・・と繰り返しているうちに、一か月丸ごと休むというように悪化していきました。そのうち心配になった担任の先生が頻繁に連絡をしてくるようになりましたが、同じクラスメイトでも運動部と非運動部を明確に差別する担任にも嫌気がさしていたので、非運動部であった私は心配するような担任の言葉はすべて嘘に聞こえました。
しかし、高校受験が近づくにつれて登校しなければいけないことが増えました。中学三年の夏ころからは頻繁に受験に関するオリエンテーションや面談、模試に面接練習が始まり、高校への進学を希望していた私は、しぶしぶ学校に行かなければならなくなりました。
私の場合は「いじめ」や「いやがらせ」といった深刻な事情が原因ではなかったので、学校に行くことに対して大きなハードルはありませんでした。元々私は、学級においていてもいなくても変わらない存在であったため、突然学校に来なくなっても、そして突然登校しても大したニュースにすらならなかったのです。長期に渡って学校を休んでいた理由は「病気」ということになっていたため、「身体の調子が良くなったから学校に来た」という体で教室にいればいいのだと自分に言い聞かせ、受験の準備をするために中学三年の夏からは登校する日が多くなりました。
私の住んでいる街にはいくつかの高校があり、私が進学したのは当時の格付けでは市内で上から二番目の高校です。しかし、この学校は小・中学校の学区からはそれなりに離れているため、私が通っていた中学からの進学希望者は極端に少ないことと、文武ともに優秀な中学であったため、市内で一番偏差値の高い高校への進学が多いこともあり、私は高校でやり直すことだけを希望に、この時期は登校をしていました。
結論から申し上げますと、私は高校に入ってやり直すことができました。それでも、中学の不登校時代について悔いがないかと言えば、そうではありません。中学時代の三年間に楽しかった思い出は一切ありませんし、偶然同級生に出くわせば気まずくなります。不登校の時期は苦痛だった時期として強烈な印象として記憶されており、悶々としていた時期の自分が今でも夢に出てくることもあります。高校以降の人生でどれだけ楽しい時期を過ごしたとしても、不登校の時期があったという汚点を拭うことができません。
簡単にできることではないと重々承知の上で進言いたしますが、もし私と同じような境遇に置かれている方がいるのなら「自分のことを知らない人間ばかりの場所」に環境を変えるといいでしょう。私は元々、人付き合いが苦手とかコミュニケーションが下手というわけではありませんでした。あまりにも純粋であったため、小学生から中学生に上がったことで生じる友達付き合いの変化にショックを受け、付いていけなかっただけなので、同じ中学から進学する人が少ない高校でやり直すことができました。
私は環境を変えるために中学の卒業と高校入試に合格することが必要だったため、不登校になってから約二年を要しました。この失った二年はどうやっても返ってくることはなく、人生において限られた期間しかない青春時代を二年もフイにしてしまいました。これは大きな後悔であり人生の汚点です。
今は私が中学生だった十年以上も前から時代は進歩しており、不登校といったデリケートな問題に関しても、私のころより支援が充実しています。周りの大人や学校の教師が信用できないのであれば、匿名で相談できるサービスやSNSを通した若年層がより利用しやすいサービスも登場しています。未成年のうちは自分の意志だけで環境を変えることは非常に困難にあることは承知しています。しかし、環境を変えることは人間を変えることでもあると思うので、自分だけで抱え込まず、やり直すためにも勇気をもって周囲のサポートを受けることも大切なことだと思います。