当時10歳の女の子の私が、祖父と歩んで不登校から回復…後悔は無い

現在30歳で心理士をしている女性です。
不登校になったのは、小学校4年生の時でした。

母親の再婚で引っ越す事になった私は、友人との別れに納得が出来ておらず、転校を受けいれる事が出来ませんでした。
しかも、家庭では義父との子供が生まれる事や、知らない男性との生活で行き場はありませんでした。

担任の先生は3年生の時からクラスの子達を受け持っており、クラスは出来ているし、担任の先生は私なんかより、勿論出来上がったクラスの子供達の事に一生懸命でした。

私は学校に行きたくないストレスで、熱を出す様になりました。
毎朝、嘔吐、毎朝高熱。
でも、欠席が決まると、熱が下がるのです。
母親は義父と再婚したばかりで私の高熱を仮病だと責め立てました。

そんな時、祖父が母の体を気遣い私を預かる事にしたのです。
祖父の家から学校迄は車で30分ありました。
祖父は私を毎朝学校に連れて行ってくれました。
でも、高熱が出てすぐに早退しなければならなかったのです。
祖父は毎日往復1時間を私のせいで2回行ったり来たりしていました。

行ったり行かなかったり、ほぼ不登校の状態を私は過ごしましたが、学年が上がる頃、母も日が晴れるので私は自宅へと戻る事にしました。

学年が変わる事でクラス替えも存在しました。
それを自分できっかけにしようと私は学年が上がる前から決めていたのです。
そうしなければ、祖父の体が限界だなと思っていたからです。

私が学校に行かなければ祖父はまた私の為に、車で往復1時間を毎日2回もする羽目に成ります。
学校に行きたくない、家にもいたくない、それよりも祖父への申し訳ない気持ちが勝ちました。

結果、クラス替えも担任も変わり私は教室に慣れる事が出来始めました。
転校から数か月がたったので、前の学校への気持ちが少しずつ整理出来たのも大きなポイントだったのではないかなと思っています。

あの時の事を振り返ると、あの時間があったから今の私があり、祖父には申し訳ないですが、祖父との時間が私にとっては良かったのだと思います。
後悔は何もありません。
祖父への感謝だけです。