35歳女 父の転勤で中学校が不登校 越えられない試練は与えない

今は結婚して、2歳の子供もいる主婦です。不登校の事実は旦那にも話せず、子供が大きくなってからも話すべきか、話さないべきか迷うところであります。
不登校になったのは、中学1年生の夏休み明け。私は小学校は横浜で、父の転勤で中学校は秋田に通うことになりました。
知らない地での生活、自己紹介、友達ができるか、全てが不安と緊張の日々でした。初めは物珍しさに近づいてくる人もいましたが、都会からきたということもあり、何も言っていなくても田舎だと思ってバカにしてるんでしょ?みたいなことを言われるなど、よそ者扱いされているような雰囲気。信じていた友達にも陰口を言われていたのを知り、人が信じられなくなりました。授業の間の休み時間、クラス移動、お昼ご飯に昼休み、全てがポツンと一人になり、そんな空気がいやで、ずっとトイレにいました。親にもそんなことは話せず、夏休みが終わり、また1学期と同じ想いはしたくないと私は不登校になりました。親も心配してくれていたので、申し訳なかったのですが、自分がはぶかれているという恥ずかしさやプライド、話せば泣き崩れてしまいそうで、反抗期もあったこともあり、わざと反発するような態度をとってみたり。部屋で一人でいることが多くなり、なんのために生きているのか、この先どうなるのか不安でしょうがなくなりました。横浜に帰りたい。横浜の友達に会いたい。そんなことばかり考えていました。
このままだと授業にも遅れをとり、わからなくなってしまう。根が真面目の私は余計に自分を苦しめていました。でも悩めば悩むほど、だんだんバカらしくなり、1人なら1人でいいじゃないか。うわべだけの友達なら作らなくてもいいんじゃないかって思うようになり、私の中で吹っ切れたんです。それからは何も恐いものもなくなり、堂々と1人で中学生活を送っていました。すると声を掛けてくれる子がポツリとポツリと出てきたり、うちのグループおいでよと声を掛けてもらえたら。当時は一体なんだったんだろうって思ったけど、今思うことは「神様は乗り越えられない試練を人に与えない」と教えてくれた母の言葉。これって本当だったんだなって今は思います。乗り越えられたから、今の私は当時の私よりも強くなった。私の子供もいつか同じ想いをする時期がくるかもしれないけど、私もこの言葉を伝えていこうと思います。