30歳女性 ロボットになって克服、あの時勇気出した自分に感謝

こんにちは。現在は普通の主婦をしている者ですが、学生時代は相当嫌な思い出しかありません。
中学2年生のころ不登校だった時期もあり、そこから学校へ復帰するのには相当の勇気でした。
そんな私のお話を紹介いたします。

私は子供の頃は学校などで大変おとなしい性格で、友達もクラスに一人いたらいい方でした。
クラスメートからはなんで喋らないの?とよく聞かれてました。

でもなんで喋れないかなんて、当時の私はわかりませんでした。喋りたくないんじゃない。喋りたいけど喋れない。

大人になって場面緘黙症という病気を知り、私はきっとこれだったんだなと思っています。

そんな性格だからか、中1のころ男の子から変なあだ名を付けられ、からかわれていました。直接的になにかいじめを仕掛けられるとかひどいものではなかったけれどそんな自分が恥ずかしかったのです。

そして中2になるとクラスに話せる友達が一人もいなくなり、ついにクラスで孤立した存在に。まあ喋らないのだから当然の流れなのかもしれないです。

夏休みが終わったとき、もう学校へは行きたくない。そう強く思いました。
そしてとうとう休み明け初日学校へいけなくなり、そのまま不登校になりました。

一度不登校になれば、そこからまた学校にいくのってすごく困難なんですよね。周りにどう思われるか、なにを言われるか、恥ずかしくてもう行くことができないんです。

親にはすごく迷惑をかけているけど、もう学校の門踏み込むなんて無理。

だけどこのままだと、高校にもいけない。夢も希望もないダメダメな人間になってしまう、そんな不安もとても大きかったです。

特に中学三年生からは、高校入学の内申に関わるのでこれをいかなければ私の人生終わりだろう、と子供ながらに思いました。

一年間、一年間我慢して登校すれば、輝かしい高校生活が待っている。
今の中学のメンバーともおさらばできる。

その頭だけを胸に、私はロボットになったつもりで中学三年生の春から登校するようになりました。

案の定地獄だった一年間。
人生で最も辛い一年といっても
過言ではないくらい辛かったです。

ですが、そこを乗り越えたので
無事に高校生になることができました。

そこからの人生はこれまでよりはずっと楽になり、もちろんしんどいこともあるけど、少ない友達もできて、結婚もできて、幸せに暮らしています。