39歳女性 逃げ道があったことで不登校から回復 今は一人じゃない 

本と音楽が大好きな39歳のゆずといいます。

私が不登校気味になったのは、中三の頃でした。
部活は吹奏楽でしたが、中三の夏で部活も終わり、受験シーズンという時です。
当時は大きな中学校でクラスは10クラスぐらいあったと思います。
部活をしている時は、同じクラスでも部活が一緒の子たちのグループにいましたが、その子たちは木管楽器のグループで私は一人だけ金管楽器でした。
仲の良い友だちもいましたが、ほぼ他のクラスで、部活を引退した時に、段々とその木管楽器の子たちのグループから疎外感を感じるようになっていました。
自分でも合ってない、とは思っていたのですが、どうしようもなく、別に無視されるなどの苛めがあったわけでもなかったのですが、段々と学校に行きたくないと思うようになり、行かない日が増えてきました。
思春期で親には相談も出来ずに逆にあたってしまうほど、家では大好きな漫画をこっそり読んでました。
私の逃げ道は、大好きな漫画でした。
クラスが違うけれど、仲良しの友だちとは本の事や色んなことを書いて交換日記もしてました。
感情的になって、死んでしまいたいと思う事もありましたが、大好きな漫画の続きが読みたくて、そんな勇気もなくてやめようと思いとどまりました。
今思うと、簡単に死ぬ事を考えていたな、と思います。
昔はネットなどなかったので、自分の中での世界はとても狭かったと思います。

自分のクラスでは居場所がないような感じがしてましたが、ある時、同じように一人でポツリといるような女の子に気付き、声を掛ける事に成功しました。
卒業までの半年でしたが、仲良くしてもらいました。彼女も時々休むのでお互いに一人になる日もありましたが、グループを変えた自分の行動によって、不登校気味だったのが少しはマシになりました。

そして何のタイミングか高校受験の時に、親の転勤で県外に行くことになりました。

地元の仲良しの友だちと離れるのは寂しかったですが、今となっては自分の中の狭い友だち関係、狭い生活が一転したのが良かったのだと思います。
高校になって、自分を知ってる人はいない、イジメのような環境も元々なく、みんな初めてのスタート(いろんな中学から来てるから)だったのが良かったのか、本当に楽しい三年間でした。

あの時の不登校だった自分に後悔はありません。
だって行くのが、しんどい時があったのですから。
ただ、死にたいと簡単に思わないように、というのはあの時の自分に言いたいと思います。
でないと今の楽しい自分に出会えないのですから。
生きていく中での逃げ道ってたくさんあるし、逃げるのは悪くないよ、
後から楽しい事もたくさんあるよ、と。

私の場合は本との出会いが大きかったですが、習い事で違う年齢の人と触れ合う事もあり、そこに行って話すだけでも息が抜けてたのだと思います。
学校と部活、家だけの生活がしんどいと感じるなら、何か興味のある習い事を一つしてみて、まったく違う大人(先生やその生徒さんたち)と触れ合うのもいい機会で逃げ道かなとも思いました。

今は、好きな習い事をして仕事とは別のコミニティを作り、信頼できる友だちも出来ました。
長く生きていくのって楽しいですよ。