30歳女 壁にぶつかったときは人を頼ること 夢を叶えました!

私は高校1年の夏から半年ほど学校へ行かず、家に引きこもっていた時期があります。
不登校の原因といえばイジメが思い浮かぶ人も多いと思いますが、私の場合は違いました。

子供の頃から絵を描くことが好きだった私は、両親と先生の反対を押し切って地元で有名な美術系の高校へ入学しました。
もっと絵の勉強がしたい!将来はデジタルデザインの仕事につきたい!当時は純粋にそう思い高校を選びました。
そこへ行けばより専門的な勉強ができると思ったし、手書きだけではなく当時では珍しかったイラストレーターやフォトショップに詳しい先生に教えてもらえることが出来る!と夢は膨らむばかりでした。
しかし、現実は私の想像とはかけ離れたものでした。

入学早々私が気になったことは、美術科の担当教師が年寄ばかりだったことです。
非常に不安を覚えました。
イラストレーターやフォトショップといった最新技術を習得しているようにはとても見えませんでした。
でも、まさかね・・・と不安をかき消すように私は嫌な予感から目をそむけました。
地元屈指の美術高で、しかも当時では珍しいAppleのMacを導入したと話題になっている学校です。
入学したばかりでいきなりパソコンの授業なんてないよね、きっと基礎を学んだら教えてもらえるよね。
もんもんとしながら過ごしたある日のことでした。
同じ学科の先輩と交流する機会があり、私はそこで先輩に尋ねました。
「イラストレーターやフォトショップの授業はいつからさせてもらえましたか?」と。
先輩はきょとんとした顔をして、それからこういいました。
「授業で教えてもらうことなんてほとんど無いよ?うちのクラスに詳しい生徒がいて、その子に放課後教えてもらうくらいかな」と。
愕然としました。
Macを導入したのは良いが、先生方もアナログ人間ばかりで深く理解出来ている人なんて一人もいなかったそうです。
ただ話題作りのためだけにMacを導入し、外部講師も年1度だけ来る程度だと知りました。

事前リサーチをしなかった私が悪いのかもしれませんが、中学時代、学校見学に行った際生徒がMacで作成したポスターを課題製作と言っていたのでてっきり授業で習得したものとばかり思っていました。
こんなことなら普通科に進学し、美術大学へ進学した方がよかったのだと気が付きました。
どうりで両親が反対するわけですね。
その高校はいわゆる工業系の学校に分類され、進学よりも就職率の方が高い高校です。
もう軌道修正は出来ないと感じました。
私は描いていた将来のビジョンが音を立てて崩れ去り、打ちひしがれ、ショックで学校へ足が向かなくなってしまいました。

不登校の間、私はインターネットの世界にどっぷりとつかり現実逃避をしていました。
昼間寝て、夜中にパソコンの電気をつける。
好きな時に絵を描いて、好きな時にご飯を食べる。
両親は私に甘いので、見守るようなかたちでした。怒りもしなかったです。
インターネットの世界では遠距離に住む人とチャットで仲良くなったりして、とても居心地がよかったのを覚えています。
そんな生活を3か月ほど続けていたある日のこと。
家の廊下を歩いていると、私は急に笑いがこみ上げてきました。
そのまま大声で笑い出し、おなかがよじれるほど笑い転げました。
誰もいないのに、何も面白いことなんて起きていないに。
ひとしきり笑った後、急に冷静になり自分が怖くなりました。
閉じこもってばかりいて頭がおかしくなったのかも知れない。
急に危機感を感じ始めました。

そんな時、高校で同じクラスになった女の子から「元気?」とメールが着ました。
その子は入学式の時に仲良くなった子で、学校に通っている間は放課後よく遊びに行ったりしているような間柄でした。
久しぶりに友人にメールを返信すると、すぐに折り返しの電話がかかってきました。
そしてクラスの皆が自分の心配をしていることを聞かされ、私は少し現実を見始めるようになりました。
自分で言うのも何ですが、私の絵のレベルはクラスでも上位の方でした。
それで一目置かれていたこともあり、急に学校に顔を見せなくなったことに驚く人が多かったようです。
クラスの仲も良く、勉強もそんなに難しくない学校でしたので、はたから見れば不登校になる原因が無いような状況でしたから、驚くのも無理ありません。

友人との電話がきっかけで、私は少しずつ相談をするようになりました。
それまで、誰に話しても無駄と思って、周りを見下してあきらめてしまっていましたから。
両親にも相談し、そこから担任の先生にも私の不満や不安を伝えました。
そして担任から美術系の大学へ進学する方法はあるし、実績だってあるんだよ、ということを教えてもらいました。
閉ざされた将来に明るい光がさしたような気がしました。

そして、私は再び学校へ戻ることを決意しました。
正直たまっていた課題や補修がたくさんあって大変でしたが、幸いクラスの子たちも手伝ってくれて、追いつくのにそう時間はかかりませんでした。

クラスの友人、両親、先生方の支えのおかげで、私は無事に美術系大学へ進学。
今は念願だったデザインの仕事に就くことができました!
あの時、自分の想像と違う現実を受け入れることが出来なくて、誰も自分の気持ちなんて理解できないんだと決めつけてあきらめていました。
でも、現実は違っていました。
「私悩んでるの!どうすればいい!助けて!」そうもっと早く言えば、不登校になってならずに済んだかもしれません。
でもあの経験があるからこそ、今現在デザインの仕事が出来ている喜びを一層感じることができているように思います。