36歳男妻を支えなければと思い回復。今は充実した日々です。

私の不登校は今、思えば高校1年から3年までさらにはその先進んだ専門学校まで続いていたかなと思います。高校は俗に言う、進学校へ進学。塾のポスターに載るような学校でした。そんな学校に進学したものの、いざ高校生活を迎えるととても退屈な日々。また声をかけてくるのも自分が望まない人だったりしてうまくいきませんでした。もちろん今、振り替えれば「声をかけてくれた人に対してなんて失礼なんだ」と思うのですが当時の心境を振り替えれば記載の通りかなと思います。そこから高校の友人よりも地元の友人、それも周りからよく思われないだろう人たちと夜中まで遊び呆けるようになりました。それから徐々に高校も行かなくなり、単位もスレスレというかアウト。補習をたっぷりしてなんとか卒業したという感じでした。当時自分も苦しかったのですが、親も苦しかったのだと思います。高校3年の時、校長先生に呼び出され母親が涙したのは今でも覚えています。そこから1年特に何もすることなく浪人生活、そこでも相変わらず遊んでました。しかし、この頃から少しずつ自分の中でも焦りが生まれてきました。我が家はあまり裕福ではないのでこのままの生活を続けても経済面で負担をかけるだけだ、それを何年も続けて堕落していくのか、そんな衝動に駆られました。それで意を決して専門学校へ進学。しかしそこでも未だに改善はせず、学校はサボりぎみ。相変わらず先生に呼び出されるような日々でしたが、学校も辛抱強く支えてくれてなんとか就職。就職時も先生が無理やり就職先にねじ込んだ感じでした。専門学校時代を通じてずっとそんな感じだったのですが、真に変われたのは今の妻のお陰かと思います。専門学校の卒業間際に出会い、すぐに同棲生活を開始。そんな数年間の中で、私に対し、厳しくもあり、暖かくもある付き合いを続けてもらってる中で、この生活を続けるにはもう少ししっかりしないと感じ、改心。それから自分の生活はガラッと変わったかなと思います。結局、何が言いたいのかというと自分にとって大きな出来事に出会うと自分の経験上変われるんだなと感じたことです。今、不登校の自分を受け止め自分にとって大きな刺激に出会えれば変われると思います。焦りはあるはずですが、決して自分を捨てず、新たな刺激との出会いを見逃さないでください。ちなみに私は妻と3人の娘、5人家族で仲良く暮らしています。自分の幸せに向けて努力をして行こうという気持ちになれています。