39才、男性、安心できる環境で不登校が解消、不登校になって良かった

現在アラフォーのおじさんです。こんな自分でも不登校だった学生時代があるので書き出してみようと思います。
ちょうど小学校から中学へ上がる頃、家庭内で両親のいざこざが耐えない毎日が続いていました。罵声に怒声、暴力に叫び声。そんな中でびくびく生活していたある晩、母に連れられて、手に持てるだけの荷物、新しい中学のカバンや体操着などを抱えて、兄弟達と言えを飛び出しました。安い賃貸のアパートを借りて母と兄弟との生活が始まりました。
母1人で生活費を稼ぐのは大変で昼も夜も働いていました。それでも暮らしは貧しくて、子どもたちだけで夜や休日を過ごす中でストレスや不安も溜まっていたため、兄弟同士の喧嘩も耐えませんでした。姉は高校受験を控えているため、喧嘩になると勉強も手につかないため、父親のもとへ。弟も姉がいなくなり、家事をする人がいなくなり父親のもとへ。
自分だけが母親と暮らす生活になりました。ちょうど中学1年の春の時期です。
一日中暗い部屋の中で1人で生活することは、人生で初めてだったため、初めての孤独を感じました。兄弟たちがいたころは、良くも悪くもわいわいがやがやの騒音の中で安心を確かめるように喧嘩をしていた日々とは180度違う生活になり、自分でもわけがわからないまま、気持ちや心が塞ぎ込んでいきました。
気づいたら、昼夜逆転の生活で、朝起きることができないまま、不登校になりました。
それでも、無理やり学校に登校していました。でも学校の朝礼で、校庭でみんなと整列して、校長先生の話などを聞いていると、心臓がバクバクして動機、息切れがして、めまいがしてその場にうずくまってしまいます。
そのままトイレへ駆け込み、繰り返し嘔吐をして、そのまま早退をする日々に嫌気がさし、本格的に不登校になりました。
中間テストや期末テストの日だけは投稿してテストを受けていました。もともと成績は勉強に苦手意識がなかったので上位だったので、不登校でも学年で二桁以内の成績でした。
そんな不登校生活をして、家にいても真っ暗な中1人で過ごす時間が苦しくて、とうとうベッドから起きられないまま寝たきりの生活になっていました。
夏休みを終え、そんな不登校の話を聞いたのかは知らないですが、自分も父親のもとへ連れて行かれ、無理やり学校へ行かされることになりました。
もともと1人でいることで体調を崩したのが原因だったため、兄弟達のもとへ戻ると、なんともなかったかのように学校に通うことができるようになっていました。友達とも仲良く遊ぶようになり、本当に不登校がなぜ起きたのかさえ自分でもわからないまま中学生活を無事に送ることができるようになっていました。不登校になったきっかけも、回復したきっかけも、外部からのストレスを自分がうまく処理できないことが原因だと当時もわかってはいました。もともと何事にも動じない、弱音を吐かない性格なため、いざ自分のキャパシティーを越えるストレスに直面すると、あっという間に白旗をあげる自分の弱さを当時は情けないと思ったこともありましたが、今思えば、子供にとって安心できる環境というのはなにより大切なものだと痛感できる経験でした。
後悔していることは、当時の兄弟達に自分の不安やストレスをぶつけてしまって申し訳ないことをしたということです。お互いを思いやり、困難な状況を互いに助け合うことが出来ていたら、また違う道がひらけていたと思いますが、そんな出来た人間でもないので、不登校になるくらいで済んで良かった良かったと思っています。
これをみてなにかを感じる人がいたら、ぜひ意見を聞かせて欲しいものです。安心できる居場所がない君に、居場所が自分で作れないときは、声を出して相手に自分が不安であることを伝えてください。そうすれば、きっと誰かが手を差し伸べてくれます。